このページのタイトルは「イギリスの英語と社会」ですが、これまでイギリスの「社会階級」を5回にわたって取り上げてきました。今回からは「英語」に焦点をおきたいと思います。まず英語での人の呼び方について考えてみましょう。「人の呼び方なんて簡単。苗字の前に、男性だったら“Mr.”、女性だったら“Miss, Ms, Mrs.”をつければいい。だって“Mr.”や“Mrs.”は、日本語の「〜さん」と同じだから。」と思う方もいるでしょう。確かに、“Mr.”や“Mrs.”は「〜さん」と似通った使い方もありますが、必ずしも全く同じものと考えるわけにはいきません。
“Mr.”や“Mrs.”と「〜さん」は共に、相手への敬称として苗字につけられます。私の場合は、「小森さん」あるいは“Mrs. Komori”と呼ばれるわけです。さらに英語の場合には、自分の称号として“Mr.”や“Mrs.”を使うことも可能です。つまり、ホテルなどのチェックインの際、
“May I have your name?” 「お名前は?」と訊かれ、
“My name is Mrs. Komori.” と答えることも可能なのです。
“Mrs. Komori”と自分自身を呼ぶことで、相手もそれにならって、
“OK, Mrs. Komori. May I have your address?”と会話が進んでいきます。
また「〜さん」と“Mr.”や“Mrs.”は、敬称として使う相手に違いがあります。「〜さん」は比較的自由に誰に対してでも使うことができます。初対面の相手は勿論、友人、知人、同僚など相手を限定する必要はありません。皆さんも、子どもの頃からの友達は別にして、大人になってから知り合った人、友人になった人には「姓+さん」で呼んでいることでしょう。一方“Mr.”や“Mrs.”は「〜さん」ほど幅広く使われません。英語圏では知人、友人に対してはlast name(姓)よりもfirst name(名前)で呼ぶ場合がほとんどです。ホーム・パーティーなどでは、初対面でも、姓よりも名前を強調し、
“My name is Yuri.”
と、姓を省いて名前で自己紹介し、初めて会ったときから互いに名前で呼び合うのが慣習となっています。
日本語で私を「ゆり」と呼びすてにする男性は、父と夫ぐらいのものですが、英語で“Yuri”と呼ぶ男性は、友人のイギリス人の夫、イギリス人の英語の先生、ロンドン大学院時代の恩師、夫のイギリス人の上司など数多くいます。日本語で名前を呼び捨てにするのは、男女間に限らずかなり親密な関係にある場合ですが、英語圏ではそうとも限りません。
小森由里