これまでイギリス社会について、どのように階級が区分けされ、それが日常生活にどのように関わってくるかみてきました。今回は、社会階級と英語との関係について取り上げてみましょう。イギリスの階級社会と英語というと、まず思い浮かぶのがコックニー(Cockney)です。コックニーとは、ロンドン下町の言葉で、労働者階級の代表的な英語と言えるでしょう。
コックニーには、大きく2つの特徴があります。まず一つ目は発音です。
(1)hの音が発音されない ’appy(happy:幸せな)
(2)thがfやvの音になる fink(think:考える) wiv (with:〜と一緒に)
(3)owがerになる winder (window:窓)
(4)〜ingのgの音が発音されない singin’(singing:歌うこと)
これらが主な例としてあげられます。例示したコックニーの単語を( )内の標準英語の単語と1つ1つ比較すると、「ああ なるほど」と納得できますが、これらが話し言葉の中で使われるとなかなか理解するのが大変です。
さらに難解なコックニーの特徴は、韻を踏む言い方(ライミング スラングrhyming slang)です。特定の語を、韻を踏む別の連語で言い表すということです。いくつか例をあげてみましょう。コックニーでは、「階段」を意味する ‘stairs’を ‘apples and pears(りんごと梨)’といいます。これはラインの箇所が韻を踏んでいるからです。また ‘teeth(歯)’を同じように韻を踏んで ‘Hampstead Heath(ハムステッド・ヒースという地名)’と表現します。このように、意味の上では無関係ですが、音の面からさまざまな単語に匹敵する連語が存在します。
このようなライミング・スラングは19世紀前半に生まれたと考えられ、このスラングが発生した理由についてはいくつかの説が唱えられています。ロンドンの乞食の言葉、泥棒の隠語、レンガ職人の言葉から生まれたとする説です。どれが真実かはわかりませんが、要は仲間同士の言葉で、他人に話の内容を知られたくないための特別な隠語として、このように複雑な連語が考えられたということです。
小森由里