みなさんは、「方言」というと「東北弁」や「関西弁」というようなその土地その土地によって違う言葉の使い方、つまり「地域方言」を思い浮かべるかもしれません。イギリスにも勿論日本と同じように地域によって異なる言葉がありますが、話し手の社会的階層にもとづいた「社会方言」もあります。
オードリ・ヘップバーン主演のミュージカル映画『マイ・フェア・レディ』には、ロンドンの社会方言が顕著に現れています。『マイ・フェア・レディ』は、バーナード・ショウの『ピグマリオン』という作品をミュージカルにしたもので、ロンドンのコベント・ガーデンでヘップバーン扮する花売り娘イライザと言語学者ヘンリー・ヒギンズ教授が出会い、教授が下町娘に淑女としての発音と行儀作法を身につけさせようと奮闘する内容です。
イライザは、「コックニー」と呼ばれるロンドン下町の庶民の言葉を話し、ヒギンズ教授は、イライザに「容認発音 (Received Pronunciation) 」(俗に RP と呼ばれる)を手本とする発音を教えるのです。「コックニー」は、ロンドンの労働者階級が使う方言で、 RP は、高度な社会的・教育的バックグラウンドの者や、 BBC 放送や専門職に従事する者が用いるアクセントとして考えられています。
このように話し手の社会階層を反映するコックニーと RP を一つの連続体とみなすと、「エスチュアリ英語」がその中間に位置するものとして最近注目され始めています。エスチュアリ英語は、若者の間で都会的な響きをもっていることや、コックニーや RP の中道を求める動きによって 90 年代から徐々に広がりつつあります。
小森由里